印度維新

インドの政治・経済・時事を語る井戸端ブログ

EU離脱おめでとう。イギリスは我が道を行く。

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 1月31日午後11時、イギリスは11ヶ月の離脱移行期間へと入った。思い返せば、3年半以上前の国民投票では離脱派と残留派が拮抗し、離脱派が辛勝した訳だが、この離脱の日にイギリスを包んだ空気は、欧州からの移民や出稼ぎ労働者が多いロンドンでさえ、希望と喜びに溢れるものだった。イギリス国民の民主主義へのリスペクトが根底にあることもさることながら、この3年半以上の年月に、離脱が二回も延期される間に露呈された残留派とイギリスの離脱を阻もうとするEUの結託にいい加減に嫌気がさしていたのもあろう。民主主義と独立主権国家の尊厳に対する冒涜と受け取った国民は少なからずいた。サイレント・マジョリティの怒りは頂点に達していた。それが先の総選挙のジョンソン圧勝につながったのだ。

 

残留派の間で、イギリスのEU離脱を揶揄した風刺画が出回っている。描かれているのは大男(EU)と握手し、ガッチリ掴まれた自らの片腕をノコギリで切り落とし、一目散に逃げていく痩せた男(英)だ。離脱はしたが失うものも大きい、という意味であろう。イギリスという国を過去の栄光に囚われ、自らを過大評価している国とする見方も国内外のメディアでよく見かける。

 

さて、果たしてそうであろうか。経済圏として巨大なEUは現状維持の世界ではその力を発揮できるのかもしれない。しかし、世界が現状維持であることはない。そして、その変化の速度が上がるほど、EUの構造的な問題が足かせとなるのだ。EUはただの大男ではない。ベッドに横たわり身動きが取れず、近い将来、介護が必要となる様子が目に浮かぶ大男だ。EU経済を長らく牽引してきたドイツの惨状とも重なる。過去の栄光に囚われているのはイギリスではない。砂の中に頭を突っ込み、変わりゆく状況に目も耳も塞ぎ、”現状維持”中毒になっているのは他でもないドイツだ。そこに気がついているのはイギリスだけではあるまい、EU加盟国の中にも存在するであろう。ただ、ポンドを放棄しなかったイギリスには実行可能な離脱の選択肢が残されていた。

 

マクロン大統領が宣言したように、イギリスはEU加盟国としての権利は剥奪される。しかし、イギリス国民は剥奪される権利と取り戻す権利を天秤にかけ、後者を選択し離脱に投票し、先の選挙では離脱を断固として推進する保守党に投票した訳で、彼らからすれば望むところだろう。アイルランド北アイルランド間のバックストップが排除され、画期的な新しい通関手続きを含む離脱協定が合意されたことで、イギリスは他国との貿易協定を独自に自由に交渉できる。英国全土を含む関税同盟を規定したバックストップが排除されなければ成し遂げられなかったことだ。ジョンソン政権が合意した離脱協定はバックストップ排除以外ではメイ元首相の旧離脱協定案と大差はない。

 

29日の欧州議会におけるナイジェル・ファラージのユニオン・ジャックを振りながらEUに別れを告げるパフォーマンスと、歯に衣着せぬ最後の演説は品のあるものではなかった。しかし、大半のイギリス国民は抱腹絶倒か、欧州出身者の多いロンドンでさえ、向こう三軒両隣を気にしつつ、この”極右政治家”の言い様に眉をひそめながらも、内心はほくそ笑んでいたことだろう。

「もう財政貢献をしなくてもいいし、欧州司法裁判所も関係ない」

「共通漁業政策もなければ、見下した態度で話をされることもない」

「いじめられることもなくなり、ヒー・フェルホフスタット*も関係ない」

   (*ベルギーの政治家で欧州議会ブレグジット交渉担当)

「つまり、言うことなしだ」

「将来、主権国家として、あなた方と連携することを楽しみに」

「これでおしまい。全て終わった。済んだんだ」

あまりにもあからさまではあるが、彼は(国家間の)貿易や友情、協力、相互作用は、EUのあらゆる制度や権力抜きで実現することができるだろう、とも言っている。極めて常識的で、EU加盟国の中に同様の考えを持つ国があることは容易に想像できる。一夜明けたテレビのトーク番組で彼は言い放った。「EUテリーザ・メイをそれほど真剣に相手にしていなかった。最後に出席した欧州議会では、我々がEUを恐れるより、EUが我々を恐れる空気を初めて感じた」と。

 

イギリスの今後の道は決して平坦ではなく、ジョンソン政権の手腕が試されるのはEU、およびその他各国との自由貿易交渉だ。日英同盟復活論も良いが(イギリスはNATOを脱退するわけではない)、まずは経済だ。不安と期待が入り混じる中、国の将来が希望を持って語られる時、有望なパートナーとしてセットで語られるのが「US&Japan」だ。日米両国にとっては、イギリスの足元を見、優位に貿易交渉を運ぶ絶好のチャンスかもしれない。しかし同時に、イギリスにとってもこの二大経済大国はEUとの交渉の際に使えるとっておきのカードとなるであろう。

 

世界の金融センターとしてのロンドン・シティの地位は揺るぎない。欧州にその絶対的優位性を奪われることは考えられない。長い歴史の中で培われた金融サービスと、その周辺産業の専門性を土台とした複雑で巨大なエコシステムを誰も模倣できないからだ。優秀な人材はそのエコシステムと潤沢な資金および流動性、ひいてはその周りに形成される彩り豊かな文化と社会に集まってくるのだ。イギリスがこの絶対的優位を誇る金融サービスおよびその周辺産業と、比較優位産業であるサイエンス・テクノロジーイノベーション、メディア・カルチャー・ファッションの各産業分野を上手く交渉に使うことは想像に容易い。例えばイギリスが輸入する仏西伊産と競合するアメリカの農産物、ドイツ製と競合する日本製の工業製品に市場を開放することで、この”(EUからしてみれば)小さな島国経済”にも得るものがあろう。

 

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