印度維新

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Howdy Modi - インド系アメリカ人400万人が米国のクリティカルマスに

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夫著(妻訳)

2014年の首相就任以来、モディ首相はインドの国際プレゼンスの向上に膨大な時間とエネルギーを割いてきた。モディ首相の政策の大半は長期的視野に立ったものだが、外交も然りだ。相手国の大小に関わらず、友好的な関係を育むことが長期的にインドに恩恵をもたらすと判断すれば、インドの国益に適うとの戦略的判断から短期的な譲歩や妥協は厭わない。もちろんそれは、インドにとっての”一線”を超えない限りにおいてだが。以前にも書いたように、この”結果重視”の実利的な外交は、今では廃れた、かつてのインドの”道徳的”で”説教じみた”外交とは異なる。後者はインドの国益にしばしば無頓着であり、非現実的でもあった。

 

先月9月22日、約5万人のインド系アメリカ人を招いて、米ヒューストンで開催された”Howdy Modi(こんにちは、モディ)”もモディ政権の外交政策の一環だ。極めて綿密な計画のもと遂行されたこのイベントは、現在のインド外交の戦略そのものだった。インド国外に居住するの大量のインド系人口をもっと戦略的に、効果的に動員することで外国と友好的な関係を育み、二国間のビジネスや貿易、投資拡大を図るというものだ。”Howdy Modi”の目的は、ジャイシャンカル外相が就任早々に印米関係に言及した際に使用したキーワード、”Cultivating the United States(米国を開拓する)”ことだ。

 

まず、重要なポイントとしてあげておきたいのが、外国の首相が米国で、米国大統領を補佐役とし、あのような大規模なイベントを開催することは滅多にないということだ。他に可能ならしめる外国の首相がいるとすれば、おそらく、イスラエルの首相、ネタニヤフくらいであろう。ではなぜ、モディ首相に可能だったのか。それは両国にとって”Win-Win”のイベントだったからだ。

 

”Howdy Modi”はモディ首相の強みを生かしたイベントであった。以前にも書いたように、モディ首相の強みは自分たちの言語で人々と直接つながることだ。彼は自らの発言をメディアによって媒介されることを嫌う。それがインド国内のメディアであろうと、国際メディアであろうと、彼らの解釈が加えられることを嫌うのだ。多くのメディアがモディ政権に対しては支持しないか、または敵対的であったことを思えば納得できる。モディ首相はインド人であること、ヒンドゥー教徒であることに強い誇りを持っている。多くのインドの人々は、自分たちのように考え、話し、インド文明の価値と文化を尊重する指導者を好ましいと思っている。

 

”Howdy Modi”は、インド国内でも各局がライブ放送する一大イベントであった。イベントに先立っては多くのインド文化行事も執り行われた。国内外の何億人ものインド人が視聴する中、モディ首相はヒンディー語で、モディ政権がこれまでに達成したことや、将来の計画を人々に直接語りかけた。また、インド系アメリカ人の米国への貢献度を称えたトランプ大統領の現場でのスピーチは、強い印米関係を示唆する上で、モディ首相自身のスピーチと同じくらい重要なメッセージとなった。視聴者はどこにいようが、スタジアムであろうが、テレビの前であろうが、お祝いムードでいっぱいだった。祝いの対象は二国間の絆であり、インド文明・文化であり、インドのグローバルプレゼンスの向上であり、米国におけるインド移民の成功であった。

 

モディ首相、おめでとうございます。今回のイベントはインド国内だけでなく、米国内のインド移民の士気を高めることにおいても大成功でした。インド政府はインド系アメリカ人コミュニティーからの投資や、有能な人材の誘致にはいつでも積極的であり、印米関係の強化に貢献してもらうよう奨励していることから、彼らの士気と支持を高めることは理に適っている。この一大イベントに関して、もう一点重要なポイントがある。トランプ大統領が当日の目玉アトラクションであったことは間違いないが、モディ首相は実に25名もの与野党要人とのランチも開催しており、両政党に配慮したイベントとしたのだ。

 

一方、トランプ大統領の得るところも大きかった。モディ首相はトランプ大統領が二国間外交を相互利益を前提とした取引関係と見ていることを心得ている。トランプ大統領はインドの高い関税や米国の対印貿易赤字に対し懸念を抱いているが、今回のヒューストンでのイベントはこれらの懸念を払拭する一助にもなった。石油資源が豊富なテキサス州はダラス・ヒューストン地域に一大インド人コミュニティを有する。エネルギー分野における二国間の関係は急速に発展している。インドは今日、テキサス州の石油、天然ガスの大口顧客だ。モディ首相は現地のエネルギー企業各社と円卓会議を開催し、インド国営のPetronetはテキサス拠点のLNGターミナル(液化天然ガスの受入れ基地・再ガス化設備)への投資を発表した。インドへのエネルギー輸出拡大の見通しはトランプ大統領を喜ばせることだろう。2020年の大統領選挙に向けて、対印貿易における成果を有権者に訴えることができるのだ。

 

横道に逸れるが、ヒューストンのイベントに先駆け、同じ週の金曜日、シタラマン財相が大規模な法人税率の引き下げを発表した。モディ首相が現地で米企業に中国からの撤退を促し、インドに誘致するに恰好の手土産となったことだろう。

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2020年の大統領選挙はトランプ大統領にとって、楽な戦いとはならないであろう。彼はあらゆるコミュニティーから票を集めなければならない。約400万人のインド系アメリカ人は教育水準高く、成功し、裕福な移民コミュニティーだ。伝統的には共和党の大統領の方がインド系に友好的であったにも拘らず、彼ら自身は大体において民主党寄りだ。トランプ大統領は今回のイベントを彼らに接近する絶好の機会と見たからこそ”Howdy Modi”への招待を受け入れたのであろう。モディ首相の熱烈なファンである彼らに、モディ首相自らがトランプ大統領への支持を促すというわけだから、トランプ大統領にとっては貴重な戦利品となったであろう。

 

モディ首相にとっても勝利である。米国に居住する、この400万人のディアスポラが今回初めて、政治への影響力を発揮するクリティカルマスとして、米大統領選挙における重要な票田として認知されたわけだ。二大政党だけでなく、米国内の様々な利益団体に対するリバレッジ効果を期待することができるのだ。

 

トランプ大統領のスピーチにもこの新しい政治的リアリティは反映された。元来、トランプ大統領は非欧州系移民の受け入れには消極的、または敵対的だが、今回のスピーチでは、インド系アメリカ人を繰り返し「理想的な移民であり、市民」と持ち上げ、米国には彼らの支持が必要であると強く訴えた。トランプ大統領の発言によって、アメリカ社会全体がインド系移民コミュニティーに対してさらに友好的になってくれるとすれば、それは歓迎すべきスピンオフだ。

  

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